秋の夜長を彩る曲(2) 金木犀の夜
きのこ帝国「金木犀の夜」
秋の夜って、空気がぽっかりとしているから、金木犀の香りが隙間すべてに入り込んで、世界を埋め尽くすような感覚をおぼえます。
ここまで世界を変えることが出来る花って、ほかに無いように思います。
だけど、その甘くとろけるような香りは、いつの間にかぱったりと消えてしまいます。
だいたい毎年のように、突然雨が降って、全部散ってしまうんだよね。
この曲は、きのこ帝国が活動休止前に出した最後の音源のリードトラック。
佐藤さんはデビュー当時、自分も他人も刺し殺しそうな歌を歌っていたのに、
いつの間にか
随分遠くまで来てしまったな
という歌詞の通りです。
あの頃とは全く違う人になってしまっている。
とても優しい歌です。
8年前にこの曲があったら、傷だらけになりながら歌っていても良いような曲なのに。
香りは人の記憶を強く呼び起こします。
この曲は、金木犀の甘い香りで幸せだった頃を思い出してしまう、そんな曲。
だけど、この曲を歌う佐藤さんは、現実を見て荒れるでもなく、悲しむでもなく、どこか優しい眼差しを感じるんですよね。
多分それは、香りをきっかけに思いっきり引き戻された自分が、そのことをじつは忘れていたことに逆説的に気づいたからなのかと思うんですよね。
あの頃のふたりは
時が経っても消えやしないよね
と歌っているけれど、
金木犀の花って、思った以上に寿命が短いから。
その力強さ、華やかさとは裏腹に、すぐに消えて忘れ去られてしまう。
だからこその、
いつの間にか
随分遠くまで来てしまったな
なんじゃないかな。
もう、あの頃からは随分離れてしまった。
いつか他の誰かを
好きになっても忘れないよ
って、どちらかというと、過去を美しいものとして置いていこう、という決意のように取ることができます。
美しいものに対する、愛おしい視線。
それが、この優しい歌に表れているんだと思います。
しかし、このMVはどうにかならなかったものか…
確かに、パリピ的な一瞬の輝きはすぐに消えてしまうんだよ、という斜に構えたテーマの映像なのかもしれませんが、
曲を受け止められるほど映像が美しくない。
言いたいことを言うだけの映像は芸術ではないんですよね。
最後に作られたMVがこれでは、彼らのキャリアも上手く締まらない。
せめて最後に良いMVを…
いつの日か、美しいものにまた触れられる日がくれば良いと思うのです。