過ぎゆく季節を惜しむ曲(11) カブトムシ
aiko「カブトムシ」
「カブトムシ」というタイトルですが、発売されたのは1999年11月。
秋、というか半分くらいは冬の曲です。
人生で好きな曲ベスト5的なものを作ったら、間違いなく最初に入れる曲。
いわゆるJ-popの、ひとつの到達点だと思っています。
流れ星ながれる 苦しくうれし胸の痛み
生涯忘れることはないでしょう
この部分に象徴されるように、この曲は、初めから消えてしまうことが分かっている感情を歌った曲。
流星群は秋の象徴。
秋って、しし座流星群に代表されるように、
一年で最も多くの流星群が見られる季節なんです。
秋になると、もう楽しいだけではない、胸の痛みに塗り潰されそうになる感情。恋愛は楽しいばかりではないんですよね。
そして、流星群は一瞬だけ輝いた後、簡単に消えてしまうものの象徴。
冬を越せないカブトムシは、秋が終われば死んでしまうことが運命付けられている。
目の前に終わりを感じながらも、まだその暖かさに縋ろうとする。
ある意味では純粋さが生み出す悲しみ、
ある意味では自分の感情にまっすぐな強さ。
その一瞬の強烈な輝きに目を奪われます。
この曲は自分をカブトムシに例えた曲。
あまりにもイメージが強すぎて、中々使うのに勇気が必要な比喩ですけれど。
これを本当に上手く使っているんですよね。
少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし
最も有名なこのフレーズ。
ここはもう本当に凄いですよね。
1行目からイメージされる姿は、まさに蜜を吸うカブトムシそのもの。
そして、2行目の『甘い匂いに誘われた』という言葉が本当に強い。
フェロモンに誘引されたカブトムシ。
この曲は純粋だけれど、プラトニックなだけの気持ちではない。
歌い出しの
悩んでる体が熱くて
っていうのも含めて、精神的にもフィジカルにも抗い難い衝動。
運命的にではなくて、もっと現実的に、本能的に惹きつけられてしまう。
カブトムシっていうタイトルは、そのような熱量を引っくるめて表したものです。
この比喩は本当に凄いよ。
曲のイメージを含めて、全てが透明。だけどその裏に隠された熱さ。
あと、このサビ頭に関しては、メロディーも凄いと思うんですよね。
『少し背の高いあなた』までのどんどん上昇していくメロディーは、相手を見上げる視線を追体験するようだし、
『甘い匂いに』には、降ってくる香り、フェロモンに例えられるあなたの魅力を精一杯見つめる視線、
『誘われたあたしはかぶとむし』には高まる感情が見えます。
美しいメロディーの中に、これだけの映像を詰め込むことが出来る。
aikoは物凄いメロディメーカーであり、映像監督でもあるのです。これは本当に凄い。
この曲は『花火』と同様、ほとんどピアノ+ドラム(あと目立たない弦楽器隊)という構成ですけれど、見える景色は全然違う。
花火の頃は(曲の意味から敢えてそうした面もあるけど)浮き足立っていたサウンドが、この曲では地に足がついている。
もちろん、6つ足のカブトムシのイメージを出すためにってのもあるのかもしれないけど、
この3ヶ月くらいの間に突然落ち着き払ったミュージシャン然とした音になっていて、そこにaikoのスケールの大きさを感じます。
圧倒的に、こちらのほうが好きな音。
どう見たって、デビュー1年ちょっとの感じじゃないよね。
終わってしまいそうな夏の恋心を歌った曲。
この時期になると聴きたくなる曲でもあります。夏が終わったら、冬はもうすぐそこです。