秋の夜長を彩る曲(12) 8823
スピッツ「8823」
夜のイメージが強いアルバム「ハヤブサ」の、多分リードトラック。
この頃のスピッツは、普段あまり表に出てこないドラム崎山さんのテクニックが存分に生かされており、ロックテイストがかなり効いた演奏になっています。
今も演奏は凄いのだけど、当時はもっとギラギラ感というか、派手な曲を作ってやろうって意思が前面に出ていました。
あまりにも自由にやり過ぎていて人気が少し落ち気味だった時期なのですが、今ではライブの定番曲はこの頃のものが多い。
「8823」「メモリーズ・カスタム」「けもの道」「放浪カモメはどこまでも」って、確かに盛り上がる曲ばかり。
自分が好きなように作った芸術って、やはり強い。
この曲は、その頃の自由さを描いた曲だと思うのです。自分の信じる道を進むことの素晴らしさとか。
さよなら出来るか 隣り近所の心
あの塀の向こう側
何もないと聞かされ
それでも感じる赤い炎の誘惑
「チェリー」やら「楓」あたりの『スピッツらしい』曲をヒットさせた結果、世間やレコード会社が求めていることと自分たちがやりたいことの間の溝が大きくなってしまって自縄自縛に陥ってしまったバンド。
その状況を描いているのがこのあたり。
それらを捨て去ってサビでは飛び立ちます。
誰よりも速く駆け抜け
LOVEと絶望の果てに届け
やりたいことを全力で、誰にも否定されないような強さでやり切ったとき、
周りにはどう思われるのか分からないけれど。それでもどこか新しい場所を見ることは出来る。
そんな決意表明みたいな曲だと思っています。
長いキャリアの中で、彼らが唯一解散を考えた『マイアミ・ショック』の後だっただけに。
君を自由にできるのは
宇宙でただ一人だけ
この曲は捻くれたラブソングだとよく言われますがそんなことは無いと思います。
君を自由にできるのは、彼でもないし誰かでもない。もちろん僕でもない。
君を自由にできるのは君だけ。
だから駆け抜けるんだ。
凄く強いメッセージです。
この曲では、アルバムの他の曲と同様、崎山さんのドラムのキレキレ具合に惚れ惚れするのですけれど、
いちばん魅力的なのは三輪さんのギターです。
彼のギターって(見た目に似合わず)優しい音が魅力なのですけれど。
この曲では、放り投げるような、空をゆらゆらと切っていくような、そんな演奏なんですよね。
それでいて、光がきらきらと舞うような。美しい音です。
そして何より、Cメロ後のギターソロ。ここではイントロと同じメロディーを低音側にアレンジしていて、これまでスピード一辺倒だった「君」が雄大に飛び始めます。
この変化が本当に美しい。
この後の「三日月ロック」は、「ハヤブサ」で培ったロックサウンドをベースにしつつ、これまでの自分たちが積み上げたものの良さを再び出していく方向にシフトチェンジします。
スピッツは全く変わらないようでいて、それでも唯一あった特異点。これが音楽に深みをもたらしたことで、彼らは今の場所にたどり着いたのです。
自分の思うままに飛んだ結果です。
このアルバムが好きかどうかは分かりませんが、とても重要なものであることに違いはありませんね。